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2026-08-17
トピックス

夏休み

これは私が走っている坂道です。

70メートル。

私がこの坂でダッシュする距離です。

70メートル地点で、標高差は約6メートル。
水平距離に対して約8.6%。
ランニングコースとして見れば、数字だけなら「少しきつい坂」くらいなのかもしれない。

でも、実際にここを全力で駆けると、その約8.6%という数字が、急に身体の感覚へ変換される。

接地するたびに、身体が前へ進むというより、
身体を上へ押し上げている感覚になる。

ストライドは自然に小さくなる。
腰を落としすぎない。
接地時間をできるだけ短くする。
腕振りでリズムを作る。

そして、70メートル。

ここまで来る頃には、脚より先に呼吸が限界を知らせてくる。

面白いのは、この坂が70メートルで終わらないことだ。

頂上までは約150メートル。

つまり、70メートルを全力で走ったあとに、まだ約80メートル残っている。

だから私は、この坂を「150メートルの坂」とは考えない。

70メートルのダッシュと、
その先に残された80メートル。

その二つの異なる時間を持った坂として考えている。

前半は、身体を使う。

後半は、意志を使う。

70メートルまでは、脚が自分を運んでくれる。

でも、その先は違う。

「もう十分走った」と身体が言い始める。

そこで、まだ走れる理由を頭の中から探す。

ここが、坂道ダッシュの少し変なところだ。

トレーニングのようでいて、途中から哲学になる。

なぜ走るのか。

速くなるためなのか。
強くなるためなのか。
心肺機能を高めるためなのか。

もちろん、それもある。

でも、何本も繰り返していると、そんな目的が少しずつ薄くなっていく。

残るのは、

「止まらずに、あと一歩進めるか」

という、妙に原始的な問いだけだ。

150メートルの坂を登ったからといって、人生が何か良くなるわけではない。

6メートル高い場所に立ったからといって、何かを克服した証明にもならない。

それでも、身体は覚えている。

70メートルで肺が苦しくなったこと。

脚が重くなったこと。

それでも、80メートル先の頂上まで走ったこと。

こういう無意味に見える反復が、案外、人間を作っているのかもしれない。

数字にすれば、

70m。
+6m。
頂上まで150m。

たったそれだけ。

でも、その数字の間には、呼吸と心拍と乳酸と意地が詰まっている。

地図には標高差しか残らない。

GPSには距離しか残らない。

Stravaには、たぶんタイムしか残らない。

でも、自分の身体だけは知っている。

何本目で苦しくなったのか。

どこでフォームが崩れたのか。

どこで「今日はやめよう」と思ったのか。

そして、それでも最後の一歩を踏んだことを。

だから私は、またこの坂に来る。

70メートルを測るためではない。

6メートルの高さを獲得するためでもない。

自分がどこまで「あと一歩」を引き延ばせる人間なのか。

それを確かめるために。

坂道は、今日も同じ傾斜でそこにある。

変わっているのは、坂ではない。

その坂を走る私のほうだ。

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