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■夜のロマンスカー

2015-12-12カテゴリ:

 夜、仕事を終えて、戸田から新宿へ向かうことは既に決まっていた。
新宿からは初めて乗る事になるロマンスカーで、深夜の箱根に向かうのだ。

 まだ若い頃、新宿発のロマンスカーには特別な憧れを持っていた時があった。
恋人と同乗して芦ノ湖に行ってみたい。 確か、淡い願望を持った時もあった。

 しかし今宵、初めて乗ることになるロマンスカーは、ひとりぼっちなのだ。

 昔の淡い記憶とは裏腹に、箱根で待っているのは年老いた両親と口の濃い
実姉がいるという現実の設定に目覚め、思わずホーム上で苦笑いしてしまった。

 その数カ月前、口のうるさい姉から...
『 両親が老いたから、行ける内に箱根に連れて行きたい!』 
『 全ての費用はきっちり、あんたと折半だから!!』

姉のゴリ押しに、親孝行もした事がなかった自分は押し切られた格好になった。

 台風一過、夜のロマンスカーは予想以上に空いていた。
物事を考えるには十分な静けさを保ち、住宅街をすり抜けるように西へ向かう。

 不思議だった...
町田を過ぎた辺りから、走馬灯のように記憶が甦る。 

 ひとりぼんやりと夜の車窓を眺めていたら、幼い頃の両親の顔を思い出した。
今の自分よりも、はるかに若い頃の母の姿が脳裏に浮かんだ。

 翌日、芦ノ湖の上空は、この世とあの世の境界線がないことを示すような
今までに見たこともない、澄み切った青空が天空にまで広がったように見えた。

 今はもう、同じシチュエーションで箱根に行けなくなってしまったが
同時にロマンスカーへのわだかまりも潰えた事になった。
古人曰く、わだかまりや執着は一つでも多く捨て去る方がよろしい、と。

    あの時の空が虚空だったことに気付くにも、時間を要してしまった。

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